山下智久の歴代所属グループ変遷とNEWS脱退の真相【2026最新】
日本のみならず海外ドラマや映画でも主演を務め、グローバルな活躍を続ける山下智久。ジャニーズJr.黄金期のトップとして君臨した伝説のユニットから、メジャーデビューを果たした国民的グループNEWS、さらには社会現象となった限定ユニットまで、彼の歩んできた道は常に日本のエンターテインメント界の中心にありました。
なぜ彼はグループを離れ、ソロという険しい道を選んだのか。本記事では、山下智久が所属した歴代グループの変遷を振り返りながら、ファンの間で語り継がれるNEWS脱退の決定的な背景や、2026年現在の国際派スターへと至る転換点を徹底的に掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:Jr.時代の「B.I.G.」「Four Tops」から「NEWS」、社会現象を起こした「修二と彰」まで、数々の伝説的グループで中心を担った。
- 要点2:NEWS脱退とソロ転向の真相は不仲ではなく、「自己の表現領域の拡大」と「ソロ活動への責任と覚悟」によるものだった。
- 要点3:独立後は個人事務所で海外進出を本格化させ、国際ドラマの主演など唯一無二のキャリアを確立している。
【一覧で解説】山下智久の歴代所属グループと主要ユニットの軌跡
山下智久のキャリアを紐解くと、ジャニーズJr.時代から退所後に至るまで、多種多様なグループやユニットに所属し、そのすべてで強烈なインパクトを残してきたことが分かります。まずは彼の所属グループ・ユニットの全体像を時系列で整理します。
彼がこれまでに参加した主なグループとユニットは以下の通りです。
- B.I.G.(1998年〜1999年):生田斗真らと結成した初期Jr.ユニット。
- Four Tops(2002年〜2003年):ジャニーズJr.黄金期を牽引した伝説の4人組。
- NEWS(2003年〜2011年):バレーボールW杯のイメージキャラクターとしてCDデビューした本所属グループ。
- 修二と彰(2005年):KAT-TUNの亀梨和也と組んだスペシャルユニット。シングル『青春アミーゴ』がミリオンセラーを達成。
- GYM(2006年):タイの人気兄弟デュオGOLF&MIKEと結成した国際派期間限定ユニット。
- THE MONSTERS(2012年):香取慎吾とのドラマ共演をきっかけに誕生したユニット。
- 亀と山P(2017年、2020年):亀梨和也との再タッグ。ドラマ主題歌や幻となったアルバム企画で話題を集めた。
これらの活動は単なるアイドルとしての枠にとどまらず、後のソロアーティストや俳優としての多角的な才能を開花させる礎となりました。
ジャニーズJr.黄金期を牽引した「B.I.G.」と伝説の「Four Tops」秘話
山下智久のアイドル人生の原点といえるのが、ジャニーズJr.時代のユニット活動です。1998年に結成された「B.I.G.(Bad Image Generation)」では、生田斗真らと共にティーンのカリスマとして絶大な人気を獲得しました。当時から圧倒的なビジュアルと透明感で頭角を現し、Jr.のセンターポジションを任される存在でした。
そして2002年、ジャニーズJr.のリーダー格として結成されたのが「Four Tops」です。メンバーは山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純の4名。当時のJr.番組『USO!?ジャパン』やコンサートを牽引し、滝沢秀明や今井翼のデビュー後、名実ともにJr.のトップとして君臨しました。
ファンや関係者の間では「この4人でCDデビューする」と確実視されていましたが、事務所の戦略によって山下が新グループ「NEWS」のリーダーとして抜擢されることになり、Four TopsとしてのCDデビューは叶いませんでした。しかし、この4人の絆は固く、2018年の『ジャニーズカウントダウンライブ』でバックダンサーとして一夜限りの再集結を果たした際にも、オールドファンの涙を誘う名場面となりました。
「NEWS」結成と絶対的エースとしての重圧|初期メンバー9人の変遷
2003年9月、『バレーボールワールドカップ2003』のイメージソング『NEWSニッポン』で鮮烈なデビューを飾ったのがNEWSでした。結成当初は東西のJr.から選抜された9人組という大所帯グループでした。
デビュー当時のNEWS初期メンバー一覧は以下の通りです。
- 山下智久(リーダー・エース)
- 小山慶一郎
- 加藤成亮(現・加藤シゲアキ)
- 増田貴久
- 手越祐也
- 錦戸亮(関ジャニ∞と並行活動)
- 内博貴(関ジャニ∞と並行活動)
- 草野博紀
- 森内貴寛(現・ONE OK ROCKのボーカルTaka)
デビュー直後から森内の脱退、その後のメンバー離脱などグループは幾度となく荒波に見舞われました。その中で山下は、絶対的センターとしてドラマ主演を次々とこなしながらグループの看板を背負い続けました。『希望〜Yell〜』や『weeeek』など数々のヒット曲を世に送り出す一方、個人としての知名度とグループ人気のギャップに葛藤を抱えていた時期でもありました。
NEWS脱退とソロ転向を選んだ決定的な理由|真相と当時の葛藤
2011年10月、日本中を揺るがしたのが山下智久と錦戸亮のNEWS同時脱退でした。山下はソロアーティストへ転向、錦戸は関ジャニ∞の活動に専念するという発表は、多くのファンに大きな衝撃を与えました。
なぜ山下はNEWS脱退という大きな決断を下したのか。その決定的な理由は「自身の表現活動における自由度の追求」と「ソロとしての挑戦に対する覚悟」でした。
当時、山下は『クロサギ』『プロポーズ大作戦』『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』などの大ヒットドラマで主演を張り、俳優としての地位を完全に確立していました。さらに2011年には初のアジアツアーを成功させるなど、個人としての活動規模がグループの枠組みを超えて急速に拡大していました。
グループとソロ活動が過密を極める中、グループ活動のスケジュールを優先することで個人の挑戦が制限されたり、逆に自身のソロ活動によってグループの動きを止めてしまったりすることに対する責任とジレンマがありました。「中途半端な状態でグループに籍を置き続けるのは、メンバーにもファンにも不誠実である」と考え抜いた末の、前向きかつ苦渋の自立宣言だったのです。不仲による空中分解ではなく、互いの将来を見据えた上でのプロフェッショナルな選択でした。
「修二と彰」「THE MONSTERS」など日本中を熱狂させた限定ユニット
山下智久のキャリアを語る上で欠かせないのが、グループの枠組みを超えて結成された数々のスーパーユニットです。
最も象徴的なのが、2005年のドラマ『野ブタ。をプロデュース』で共演したKAT-TUNの亀梨和也と結成した「修二と彰」です。劇中の役名名義でリリースしたシングル『青春アミーゴ』は、出荷枚数200万枚(公称)、オリコン年間ランキング1位を記録する社会現象となりました。
その後も、2012年にはドラマ『MONSTERS』で共演した香取慎吾とのコラボレーションユニット「THE MONSTERS」を結成し、シングル『MONSTERS』をリリース。先輩アーティストとの見事な化学反応を見せました。
2017年にはドラマ『ボク、運命の人です。』にて亀梨と再タッグを組み、ユニット「亀と山P」として『背中越しのチャンス』を大ヒットさせました。2020年には初のオリジナルアルバムリリースと2大ドームツアーが発表され、大きな話題を呼びました(※当時の社会情勢や退所に伴い企画は中止)。彼が組んだユニットは、いずれも単なる企画モノにとどまらない圧倒的なセールスと影響力を誇りました。
ジャニーズ退所から現在へ|個人事務所設立と海外ドラマへの本格進出
2020年10月、山下智久は長年在籍したジャニーズ事務所を退所しました。退所理由の真相は、かねてより熱望していた「本格的な海外進出へのオファー」を即座に受託するためでした。ハリウッド映画や国際共同制作ドラマへの出演オファーが舞い込む中、グローバル展開へ迅速に対応できる身軽な環境を整えることが不可欠だったのです。
独立後は個人事務所「株式会社HIGH HOPE ENTERTAINMENT」を立ち上げ、自らのプロデュースによる活動をスタート。その後の躍進は目覚ましく、以下の大型国際作品でメインキャストや主演を務めています。
- 『THE HEAD』シリーズ:全編英語の国際連続ドラマでメインキャストを務め、エンディングテーマも担当。
- 『今際の国のアリス』シーズン2:世界的大ヒット作で強烈な存在感を放つキューマ役を熱演。
- 『神の雫/Drops of God』:日仏米共同制作の超大作ドラマで海外ドラマ初主演を果たし、国際エミー賞にノミネートされるなど世界的評価を確立。
2026年現在も、音楽活動での大規模アリーナツアーや国内外の映画・ドラマ出演を両立させ、日本のボーダーレスなトップランナーとして独走を続けています。
【山下智久の所属グループ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ジャニーズJr.時代のFour TopsはなぜCDデビューできなかったのですか?
A1:当時、事務所内で「2003年ワールドカップバレーボール」に向けた大型新グループ(NEWS)を結成する方針が決まり、その絶対的センターとして山下智久が抜擢されたためです。Four Topsメンバーはそれぞれ個々のタレント性が高かったこともあり、生田斗真や風間俊介は俳優業へ、山下はNEWSへと別の道を歩むことになりました。
Q2:NEWSを脱退した際、メンバーとの関係は悪化していたのですか?
A2:不仲による脱退ではありません。当時の山下はソロ活動や俳優業が多忙を極めており、グループとしての活動スケジュールを縛ってしまうことへの責任感と、一人の表現者として勝負したいという意向から決断されました。後年、番組や対談などで当時のメンバーとお互いにエールを送り合う姿も見られ、現在も良好なリスペクト関係が保たれています。
Q3:「亀と山P」のアルバム発売やドームツアーはなぜ中止になったのですか?
A3:2020年に予定されていたツアーは世界的なパンデミックの影響により延期を余儀なくされ、その後同年秋に山下が事務所を退所したことに伴い、アルバム発売およびドームツアーの開催が正式に中止となりました。
まとめ:グループの経験を糧に世界へ挑み続ける山下智久の未来
ジャニーズJr.黄金期からNEWSのエース、そしてミリオンセラーユニットまで、山下智久が歩んできたグループ活動の歴史は、日本のエンタメの最前線そのものでした。
グループで培った求心力と責任感、そしてソロ転向時に下した「自分の足で立つ」という覚悟こそが、現在の国際的な活躍の原動力となっています。枠にとらわれず常に新たなステージへと挑み続ける山下智久の今後の展開から、今後も目が離せません。 (出典: 山下 智久 グループ(Yahoo!ニュース))