元祖イケメンコンビ「ぷりずん。」解散の真相と兼近・逢見の現在
人気お笑いコンビ「EXIT」のボケとして国民的な知名度を誇る兼近大樹。その華々しいキャリアの原点には、かつて吉本興業の若手劇場を沸かせた前身コンビ「ぷりずん。」の存在がありました。端正なルックスと弾けるキャラクターでブレイク寸前と目されながら、2017年に突如として訪れた活動休止と電撃解散のドラマは、今なおお笑いファンの間で語り草となっています。
当時、相方だった逢見亮太(現・おーみ)に一体何が起きたのか、そしてなぜコンビは別々の道を歩むことになったのか。結成秘話から解散に至る背景、EXIT誕生への布石、さらにはそれぞれの道を歩む2人の最新動向まで、当時の取材記録と公開情報をもとに多角的に紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2013年結成の「ぷりずん。」はNSC東京19期出身のイケメンコンビとしてヨシモト∞ホールを中心に高い人気を獲得していた。
- 要点2:2017年5月の元相方・逢見亮太の不祥事による活動休止を経て同年11月に正式解散し、兼近大樹はりんたろー。とEXITを結成した。
- 要点3:元相方の逢見は現在「おーみ」として舞台や美容分野などマルチに活動し、兼近も過去の挫折を糧にトップランナーとして走り続けている。
【結成から急浮上へ】お笑いコンビ「ぷりずん。」が残した爪痕
「ぷりずん。」は2013年、吉本興業の養成所であるNSC東京校19期生同士だった兼近大樹と逢見亮太によって結成されました。元美容師という経歴を持ち、スタイリッシュな立ち振る舞いを得意とした逢見と、圧倒的な明るさと規格外の身体能力を備えていた兼近の組み合わせは、養成所時代から異彩を放っていました。
デビュー直後から東京・渋谷のヨシモト∞ホールを拠点に活動を開始。当時の若手育成システムにおいて瞬く間に頭角を現します。2人の最大の武器は、漫才の随所に織り交ぜられる軽快なリズムと、従来の若手芸人の枠に収まらないビジュアルの高さでした。
劇場ロビーには女性ファンを中心とした長蛇の列ができ、チェキ会や単独ライブのチケットは即日完売を記録するなど、当時のインディーズ・若手シーンにおける熱狂ぶりは突出していました。正統派の漫才コントを軸にしながら、兼近の天真爛漫なボケと逢見のスマートなツッコミが噛み合ったネタは、賞レース関係者の間でも将来を嘱望される存在となっていたのです。
【解散理由の深層】逢見亮太の活動休止と電撃解散の経緯
順風満帆に見えた「ぷりずん。」の活動に暗雲が立ち込めたのは、2017年5月のことでした。コンビのブレーンでもあった逢見亮太が、突如として無期限の活動休止を発表したのです。
休止の引き金となったのは、逢見自身のプライベートにおける女性関係のトラブルでした。吉本興業による事実関係の確認とコンプライアンス上の判断により、逢見には謹慎処分が下される事態となりました。劇場出番やメディア露出がすべて白紙となり、ブレイク目前とされていたコンビの歩みは完全にストップすることになります。
残された兼近は、ピン芸人「かねち」としての活動を余儀なくされました。当初は相方の復帰を待つ選択肢も模索されていましたが、半年間にわたる活動休止期間を経て、2017年11月に「ぷりずん。」の正式解散が公表されました。
のちに兼近本人がバラエティ番組や自伝的小説などで振り返っている通り、解散の直接的な要因は不祥事による信頼関係の揺らぎと、芸人としての方向性のズレでした。決して感情的な喧嘩別れだけではなく、立ち止まることが許されない若手サバイバルの中で、兼近自身が芸人として生き残るために下した極めてシビアな決断でもありました。
【データ比較】「ぷりずん。」と「EXIT」の軌跡と変遷
兼近大樹が歩んできた2つのコンビにおける活動規模、ターゲット層、スタイルなどの違いを客観的な指標で整理しました。
| 比較項目 | ぷりずん。(2013年〜2017年) | EXIT(2017年〜現在) | 編集部の分析・考察 |
|---|---|---|---|
| メンバー構成 | 兼近大樹 / 逢見亮太(同期) | 兼近大樹 / りんたろー。(5期先輩) | 同世代のライバル関係から、包容力のある先輩後輩関係へシフト。 |
| 主な活動拠点 | ヨシモト∞ホール(若手選抜枠) | 全国ネット地上波・大規模アリーナツアー | 劇場限定の局所的人気から、全世代型のマスカルチャーへ拡大。 |
| ネタの基本スタイル | イケメン風漫才・正統派コント漫才 | ネオ渋谷系チャラ男漫才・時事ネタ昇華 | ビジュアルを武器にしつつ、チャラ男キャラを批評的に演じる構造へ進化。 |
| メディア露出指標 | 深夜番組の若手コーナー・ネット配信中心 | 冠番組多数・プライム帯レギュラー・CM契約 | コンビ解散の挫折が、より強烈なギミックとキャラクター開拓に結実。 |
| 公式解散・始動時期 | 2017年11月 正式解散 | 2017年12月 正式結成 | 解散直後のスピード感ある再編が、奇跡的なブレイクを呼び込んだ。 |
【実態検証】当時のファンと劇場関係者が目撃したリアル
「ぷりずん。」が活動していた2010年代中盤のヨシモト∞ホールは、オリエンタルラジオやNON STYLEらに続く次世代のスター候補を模索していた過渡期でした。当時の劇場スタッフや熱心に通い詰めていたファンの証言からは、コンビが抱えていた独特の熱気と歪みが浮かび上がります。
現場を知る関係者は次のように証言しています。
「逢見は自己プロデュース力に長けており、コンビの見せ方を徹底的に計算していました。一方の兼近は、当時はまだ原石そのもので、アドリブの爆発力はあるものの制御が利かない危うさがあった。逢見が兼近のキャラクターをコントロールしようとするあまり、舞台上での呼吸に微妙なズレが生じ始めていた時期でもありました」(当時の劇場制作スタッフ)
ファンコミュニティの間でも、コンビの急激な人気上昇と逢見の謹慎報道は大きな衝撃を与えました。SNS上では「もっと上に行けたはずのコンビ」「兼近の才能が埋もれてしまうのではないか」という悲痛な声が溢れ返り、解散発表当時は劇場の掲示板やネット掲示板が騒然となった記録が残っています。
【EXIT誕生秘話】ピン芸人「かねち」とりんたろー。の運命的合流
逢見の謹慎により孤立無援となった兼近大樹に救いの手を差し伸べたのが、同じく元コンビ「ベイビーギャング」の不祥事解散を経験し、ピンで活動していた5年先輩のりんたろー。でした。
2017年夏、兼近はりんたろー。を誘い、M-1グランプリに出場するための即席ユニット「SCANDAL(スキャンダル)」を結成します。自虐的なユニット名には、互いに「元相方の不祥事でコンビを失った」という共通の挫折を笑いに変える覚悟が込められていました。
舞台に立った2人は、互いのチャラ男ギミックを極限までデフォルメした「ネオ渋谷系漫才」を展開。これが劇場関係者や観客の度肝を抜く大ウケを記録します。互いの相性の良さを確信した2人は、「ぷりずん。」が正式解散した直後の2017年12月、正式に「EXIT」としての活動をスタートさせました。
挫折を経験した2人が生み出した「チャラいのに真面目」「弱者に寄り添うポジティブさ」という唯一無二のパッケージは、平成から令和への転換期における時代の空気と完全に合致し、社会現象と呼ばれるほどの大躍進を遂げることになります。
一般に知られていない盲点とネット上の誤解を検証
「ぷりずん。」を巡る言説の中には、インターネット特有の憶測や事実誤認がいくつか存在します。長期的な取材と公知の事実から、主要な2つの誤解を是正します。
誤解1:兼近と逢見の間に激しい不仲や確執があったのか?
ネット上では「大喧嘩の末の絶縁」といった過激な噂が散見されますが、実際はそうではありません。兼近は後年のインタビューでも「当時の逢見には感謝しているし、彼がいなければ自分はお笑いの世界に入っていなかった」と語っています。解散はプロとして進むべきスピード感と信用の回復を巡る現実的な選択の結果であり、個人的な憎悪による決裂ではありません。
誤解2:逢見亮太は芸能界を完全に引退したのか?
一部で「一般人に戻った」と誤認されていますが、事実は異なります。逢見は謹慎期間を経て復帰した後、芸名を「おーみ」に改名。吉本興業でのピン芸人活動や役者業を経て、現在は美容・フィットネス分野やインフルエンサーとしての活動など、独自の領域を開拓して精力的な発信を継続しています。
【プロの視点】芸人コンビの再編がもたらすキャリアの明暗
お笑い界において、若手時代のコンビ解散は決して珍しい事象ではありません。しかし、「ぷりずん。」の解散から「EXIT」の結成に至るプロセスは、以下の要因が揃った極めて稀有な成功事例と言えます。
- 挫折のギミック化:逆境を隠すのではなく、ネタのエネルギーへと反転させたこと。
- 相性の再定義:同世代の張り合いではなく、先輩・後輩による絶妙なバランスと信頼関係を構築できたこと。
- 時代性の察知:従来の男社会的なノリから、誰も傷つけないポジティブな笑いへと舵を切ったこと。
【ぷりずん 芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「ぷりずん。」時代のネタを見る方法は現在ありますか?
A1:公式のDVD化はされていませんが、過去の吉本興業の配信アーカイブや当時のライブレポート記事、ファンの記録などで断片的な構成や世界観を確認することができます。現在配信されている主要な映像配信サービスでは公式アーカイブの取り扱いはありません。
Q2:元相方の逢見亮太(おーみ)と兼近大樹が共演する可能性はありますか?
A2:公式な場でのメディア共演は解散以降実現していません。ただし、互いにSNSや別々のメディアで過去へのリスペクトを口にしており、双方がそれぞれのポジションを確立した将来的なステージでの再会を期待する声は根強く存在します。
Q3:なぜ「ぷりずん。」というコンビ名だったのですか?
A3:若手特有のキャッチーさとインパクトを狙って命名されたもので、末尾に句点「。」が付くのが正式名称です。兼近の持つ少し型破りなキャラクターと、ポップな語感を掛け合わせたネーミングとして親しまれていました。
まとめ:過去の挫折を糧に進化を続ける2人の未来
若手時代に結成され、大きな期待を集めながらも電撃的な解散を迎えた「ぷりずん。」。その崩壊は兼近大樹にとって芸人人生最大の危機でありながら、同時に「EXIT」として大輪の花を咲かせるための不可欠な分岐点でもありました。
不祥事と解散という苦難を乗り越え、トップ芸人・作家としてカルチャーを牽引する兼近大樹。そして、過去の過ちを受け止めながら新たな専門分野で独自のポジションを築く逢見亮太。ひとつのコンビの終焉は、2人の表現者がそれぞれの場所で真価を発揮するための過酷な試練だったと言えます。過去を否定せず前を向き続ける彼らの足跡は、挫折からの再起を示す生きた実例として、これからも多くの人々に記憶されていくはずです。 (出典: ぷり ずん 芸人(Yahoo!ニュース))